《風を描く人》
幽霊かもしれない。
窓から玄関前の通りを見た。はす向かいの家の庭からあふれでたアジサイの前に、何か立っている。
今年の夏は暑い。去年の夏は覚えていない。アジサイはどれも茶色く枯れ、うなだれている。光線に焼き払われて白く燃えるあの道は、本当に私がついさっき歩いた道だろうか。ずいぶん暗く感じられる部屋で、額ににじんだ汗が、玉になってこめかみにおちる。
足はたしかに、少し疲れて重い。今日は、自分が進んだぶんだけ風が起こる、そんな温室のような日で、汗と湿気の境目すらあいまいだ。
考えが巡るあいだも、何かはこちらを向いている。まっすぐ私を見ている。何かは、何かにとても似ている。脱水気味の頭のまま、見つめあった。
幽霊かもしれない。
振り向いた壁には、安物の掛け鏡があるだけなので、寝ぐせに手をのばし、ゆっくり頭になでつけた。見つめあいながら。
今日は、これを描こう。そう思うしかなかった。


(2018年、絵画検討会2018「land(e)scape」展にて発表。書籍『21世紀の画家、遺言の初期衝動 絵画検討会2018』収録) (C)高田マル / Takada Maru 2020. All rights reserved. 無断転載を禁止します。